こだわり

こだわりがある。自分のBTYDヨガをやる時には、レッスンではなくてクラスと言うようにしている事。それは、クラスがただの分類を示すのに対して、レッスンが来てくれた人へ教えるという意味合いが強いから。だからレッスンという言葉は自分にとって本意ではない。BTYDクラスでは教えてるじゃん!って思われるかもしれないけれど、僕としては来てくれた人がいい身体使いになり、楽しめるように導きたいという思いでやっている。だからそこには、先生と生徒という関係性を持ち込みたくないし、目指す所はいい身体使いであり、楽しさを感じて欲しい。言葉は取りようによって全く違うように思われたり、意図する事が伝わらなかったりする難しいもの。だから、繊細に使い分けたいし、こだわりたい。
自分のクラスに来てくれた人を「生徒さん」って呼ぶ人にずーっと抵抗があったのは、僕とは目的が異なるからだろう。

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