地球の軸と自分の軸

個々人が食べるものが多様化している。それに合わせてかそれを狙ってか、外食産業や食品業界は色々な仕掛けをしたり、多種多様な商品を販売している。最近では、炭水化物ダイエットの流れから麺無しラーメンもある。お客さんが自らバーガーのバンズを残したり、回転寿司のネタだけ食べてシャリを残したりしているという事が背景としてそれを生んでいるのかもしれない。情報に左右され、あれが良いならそうしよう、これが良いそうだよ、とすぐに飛びつく方が手っ取り早くて楽だし、好奇心からそうしてしまうのかもしれない。だけど、良いか悪いかの判断はそんな事しなくても、自らの体を良く知っていたのならそんな事にならないと思う。みんな健康になりたいしダイエットで美しい体になりたいと思う。でも、それに近づく為にはまずは意識を変える事が必要だと思う。健康になりたいのであれば、良いと言われているものを食べ、悪いと言われているものを遠ざけるのではなく、自分の体に良いと感じるものを摂り、食べると不調になると感じるものは避けるという単純な事を行えばいい。何が良くて何が悪いか判断する軸を自分にする事。
本来ならこの軸は自分に予め備わっているものだと思うが、多くの人達は生きていくうちに奪われてしまう。それは、情報を分散させて飛びつく人達が外食産業や食品業界を結果的に変えてしまった事もその一因だし、外食産業や食品業界が自ら旨味(儲け)のある方へ人々を導いていったという事も背景にあると思う。そこに陰謀があるという事が言いたいわけではない。砂糖が常習性を持ち、脳神経をも狂わせるという事が危険なドラッグと変わりないという事はよく言われてるし、小麦も同様に言われている。僕は自分自身の意思が弱いと思っているので、常習性がある砂糖と小麦を止める事は出来ないと思っていた。だけど、一度止めてみた時の心地良さは、それらを摂ってた時には感じ得なかったものだったし、大袈裟に言うと脳神経がそれに支配されてたんだと思った。僕が止めれたのは人から支配されるとか、命令されるとか、強いられるとかが嫌いだからだと思う。自分の意志がそこに無い事は「かっこ悪い」と思い、それが常習欲を上回ったからだと思う。自分との問答により出たものを良いとする事は原始的ではあるけれど、シンプルで難しい事だと思う。でも、そうする事で僕は主体的に生きる事が出来ると思ってる。「無駄」に発展した世の中を悪いとは思わないし楽しんではいるけれど、その中で生きていくには軸を持っておく必要があると思う。地球も軸を持ってるんだから。

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